大船渡から陸前高田まではほど近い。市内に入る前、海からまだ遠い場所なのだが、田んぼに車や瓦礫が多数転がっているのが見えた。この先の状況を想像するのはあまりにも容易だ。
市内に入ると、広大な平地、平地と言うより荒涼とした原野が広がっており、ところどころに山が築かれていた。山というのはもちろん瓦礫の山の事で、他のどの地区よりも多く点在しているように感じる。
この道路の進行方向には川があり、その川を超える2つの橋はいずれも倒壊している。この記事を書いている少し前、仮設の橋が開通し、青森から土砂崩れで通行止めになっている石巻の手前までつながった。
市街地に入る道には橋があったのだが、4月の時点で既に仮設の道路が出来上がっていたし、とにかく国道の復旧は驚くほど早い。資材の調達、復旧作業を行う委託企業への発注や現地踏査など、訓練されていたかのような手際の良さには驚かされた。残念ながら、今回の震災では「うまく機能しなかった」事ばかり取り上げられる。私は「機能したもの」こそ、次の震災に控えて幅広く広報してもらいたいものだと思う。
あまりに荒涼としているため、土地勘のない私では、海を基準にしなければ自分がどこに居るのか判らなくなってしまう。それでも瓦礫の撤去が進んでいるため、見通しは良く、車を降りて見回せば把握はできる。但し、見回すほどに怒りにも似た悲しさを感じてしまう。
海辺に立つ競技場だろうか、照明のポールだけは何事もなかったようにたたずんでいるが、観客席はご覧の通りで、堤防同様に破壊されている。
捜索活動だろうか、隊員が打ち合わせをしていた。撮影は邪魔にならないように行うのだが、2、3度ダンプカーにクラクションを鳴らされることもあった。普段ならどうって事はないのだろうが、殺気立っているのだ。
陸前高田駅もまた流されているが、この写真は線路を超える陸橋の上から海側を撮影したもの。正直なところ、帰ってから位置を確認するまで線路を超えているとは知らなかった。
それにしても、2か月半、ここまで瓦礫を撤去しているのも凄い。自治体による取り組みの違いがここではまざまざと感じた。
つづく。