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2015/08/26 11:35:35 プライベート♪
なし
回想70年
太平洋戦争4年目1945年6月8日日本は本土決戦の方針決定、しかし、同月23日沖縄の守備隊は米上陸軍と約3ヶ月に及ぶ激戦の末、全滅した。
そのとき「昭」は帝国海軍の少年兵として奈良県天理市の海軍航空隊基地にいた。基地は連日、米空母艦載機の機銃掃射を受け駐機中の航空機は炎上、木造の兵舎は銃撃により中央部分が無くなるほどであった。しかし基地からは一機の迎撃機も飛び立つことはなかった。
基地の無惨な状況を目の当たりにした「昭」はこの戦争はこの先どうなるのか上司は勿論、戦況を知らせる者もなく次第に不安を感じはじめていた。
そんなある日上司から広島・長崎に特殊爆弾(原爆)が投下されたことを告げられた。その後一週間ほどしてグラマンの襲撃が突然止んだ。また 夜の街が急に明るくなつていた、怪訝に思っていたら終戦、国破れたりであった。



1945年8月14日昭和天皇ポツダム宣言受諾の詔書を発せられた。そして同年9月2日日本政府は米戦艦ミズーリ艦上で無条件降伏文書に調印した。
明治政府以来の国是「富国強兵」は終焉し、国の経済は疲弊、衣食住に困窮していた、また70余年の歴史と精鋭を誇った帝国陸海軍は消滅した。そして国の体制は大きく変わり、まづ連合国軍最高司令部による新日本国憲法草案案が提示された。つまり日本を「民主主義」の国家にするとともに二度と戦争を起こさない国とすることを狙いとした。
当時日本の復興にはおよそ50年を要するであろうと思われていたがわずか20年後に東京オリンピックが開催され、その驚異的な発展に世界は驚いた。





さて、明治政府発足以来太平洋戦争に至るまでの日本の動向はどのようなものであったろうか。
日本は20世紀初頭から数々の戦争(紛争)を重ね軍部主導のもと資源確保のためアジア地域への覇権拡張を画策したが、英米など列強の反発により国際的に孤立化しかつ経済的制裁を受けるに至った。しかし時の政府は軍部の主戦論を抑えることができず開戦した。

1894年8月、日清戦争(朝鮮支配をめぐり日本と清国との戦争)     1904年2月、日露戦争(朝鮮・満州支配をめぐる日本とロシアとの戦争)
1910年8月、日韓併合(韓国の植民地化)
1914年8月、日英同盟により第一次世界大戦参戦(ドイツに宣戦布告)
1917年   シベリア出兵(日米英仏によるロシヤ革命の干渉戦)
1931年9月、満州事変(中国東北部、内蒙古への侵略戦争)
1932年3月、関東軍(中国東北部においた植民地常備軍)よる満州国発足
1933年3月、日本、国際連盟脱退
1937年7月、北京郊外の盧溝橋で日本軍と中極軍衝突。日中戦争勃発
1938年3月、日本の傀儡政権・中華民国維新政府(南京)成立
1939年5月、満州・モンゴル国境ノモンハンで日本軍とモンゴル軍衝突
           (第一次ノモンハン事件)
1939年7月、日本軍ノモンハン再攻撃、ソ連・モンゴル軍反撃               (第二次ノモンハン事件)
1940年9月、日本軍、北部仏印に武力進駐開始。日独伊三国同盟調印
1941年12月、日本軍、マレー半島上陸開始。ハワイ真珠湾を空襲




近代戦の勝敗は当事国の国力(経済力・工業力・資源の量等)に左右されると言われる。つまり戦争に必要な資材「武器弾薬・燃料・糧食・被服等」を継続して生産し得る国の能力により勝敗が決まるということである。
当時の米国の国力は日本を遥かに凌駕していた。このため南方諸島の資源を確保して戦争資材を生産し戦争の継続を目論んだが主要な海戦に敗れ、制空制海権を失い日本本土への資源輸送はままならず国力(戦力)は急速に低下、そして連合軍の猛攻は本土の数十カ所の都市空爆となった。当時の政府(軍部)は国力と南方資源確保による勝算はどう見積もったのだろうか。戦いのプロである軍部はどのような戦力見積もりを考えたのか。戦争への道程は未だ不可解と言われている。

幾多の海戦、陸戦に敗れた際、該指揮官を更迭するこなく職を継続させなかには後日昇進した者もいた。戦闘指導者の責任が極めて曖昧であったた。
国土は荒廃し、軍人と一般市民併せて300万人余の犠牲者を出した戦争の結果責任は時の政府高官と軍部の最高指導者であろう。
戦後、連合国による戦争裁判が行われ当時の指導者が戦争犯罪者として裁かれた、しかし日本は戦争の総括つまり日本国民に対する指導者の責任については全く問われていない。司法、立法、行政のいずれの機関も未だ不問である。
戦後においても国家機関や企業における不祥事の責任が曖昧な事案が屡々見受けられるがこれは日本人の悪しき温情なのだろうか。  
その昔「昭」は日本の戦況全く知ることなく国家のため海軍に志願したがすでに敗勢終盤。後年大戦の記録資料等によりその全容知るとともに軍事国策に翻弄された時代から70年余、そして悲劇の3年8ヶ月を回想した。








1
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2013/12/27 11:44:36 プライベート♪
なし
悲劇の初日
「1941年12月8日」未明、日本海軍はハワイ島の米海軍太平洋艦隊基地を奇襲した。

「大本営発表。本日八日未明、帝国陸海軍は南太平洋において米英両軍と戦闘状態に入れり」72年前の忘れられない日米開戦のラジオ放送てある。

その後本軍はマレー半島の英国要塞に進攻攻略、さらにフィリッピンの米軍を攻略開戦後約半年あまり、破竹の勢いで進撃した。
だが、翌1942年6月戦略上の要点ミッドウエー島争奪のため出撃した我が連合艦隊は迎え撃つ米太平洋艦隊と壮絶な開戦となつた。結果、わが連合艦隊は航空母艦4隻と航空機200機を失う惨敗を喫した。
しかし、日本は新たに空母の建造また修理と航空機の早期の増産は極めて低く
この結果、制海制空権ともに失うこととまなった。
かくて連合艦隊の主力の大半をうしなった日本はこれまでの攻勢態勢から次第に守勢に移らざるるをえなくなった。

守勢に立たされ海空の戦闘に多大の制約をうけつつも日本軍は爾後も抵抗を続けたが、1945年3月10日東京大空襲、次いで8月6日広島・9日長崎に原爆が投下された。そしてポツダム宣言を受諾。9月米戦艦ミズーリ号上てげ無条件降伏文に署名し、膨大な国家と民間の資産の喪失及び300万人余の犠牲者を伴って3年余に亘る戦争を終結した。

開戦前、政府・陸海軍の首脳の中には対米戦不可を主張する者がいたが、その意見は聞き入れられることなく彼らは国の指導機関から遠ざけられていった
当時米国の国力は日本の10倍以上と云われ、特に工業力は日本を遙かに凌いでいた。戦争は大消耗戦である。したがって近代戦の勝敗は国力の差によって決まる。
振り返って日本は日清戦争(1894年)日露戦争(1904年)に勝利し台湾及び南樺太を取得、さらに第1次世界大戦(1914年)参戦によりドイツより南太平洋の群島を得るなど国土を広げた。そして中国東北部に傀儡国家「満州」を創設し、ついで朝鮮半島を併合した。つまり日本は19世紀末から20世紀初頭にかけて覇権国家化しつつあった。特に、「満州国」は国際社会から承認されず中国への返還を要求されていた。よって日本の覇権的性格を深く懸念され、かつ国際聯盟を脱退し孤立化していた。また、開戦時既に日中(中華民国)戦争が4年に亘り継続中、多額の戦費を費やし国の経済は疲弊しつつあつた。
このような国内外の状況から資源無き国が超大国に何故挑戦したのか。戦のシナリオはどう画いたのか。終焉の形はどう見積もっていたのか。未だ謎につ包まれているようである。
思うに傲慢不遜になった時の政府軍部は国際世論を無視し、かつ国民とマスコミを扇動して悲劇へと進めてしまったのではないか。
小生、当時少年兵として内地の基地にいたが、日本は勝てるのか不安を抱いていた。そして敗戦を上司から告げられたときホットしたことを思い出す。
また、あらためてこの戦争に参戦し無事帰還された方々もその多くはすでに鬼籍にある。 「黙祷」                             



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2013/12/03 15:09:11 プライベート♪
なし
ふりこめ詐欺
ある日突然、ある方(高齢者)に電話がかかってさた。

「弁護士の△△ですが今、おたくの息子さんが交通事故を起こし直ちに弁償しなければ逮捕されることになります。ついては○○円を次ぎの口座に振り込んでください」

親御さんはこれは大変とばかり早速振り込んだ。後日、息子に事実を確かめたが真っ赤な嘘、後の祭り多額の金をまんまと盗られた。

弁護士、警察官など司法職員が交通事故の弁償金の支払いが必要などと突然連絡することは絶対にない。また、市役所、役場、税務署などの公共機関あるいは銀行などの金融機関も同様である。

また、ある日突然、息子と偽ってある高齢者に電話がかかってさた。

「あ、もしもし、おれおれ、会社の金を使い込んだので返さないとクビになるので用意してくれ。あとで会社の者が受け取りにいくので頼む」

この事例も電話の声が「息子」かどうか、気が動転していて判断ができず鵜呑みにしてしまう。また、会社(企業)が社員の使い込みについて当事者から親御さんに電話で弁償要求をさせるなど通常ありえない。

これらの事例以外に巧みな口実によるいろいろな詐欺が横行しているが、高齢者はこれらに何故乗じられるのか。小生も高齢者の一人としてあらためて推考してみる。

まず考えられることは、高齢者が若き時代「ふりこめ詐欺」などとは皆無であったことから詐欺師の虚言に全く疑念を抱かないこと。
また、司法関係者や公共機関・金融機関などにおける金銭の取り扱い業務のあり方について殆ど無知であること。

つまり社会の組織構成とその仕事を理解していないため「かの虚言」を事実と思い込みとんでもない目に遭ってしまう。最近はこの種の詐欺手口も更に巧妙になりつつある。いずれにしても「電話で金銭の問題を云う者の巧言」を絶対信じ無いことが肝要。

小生在住の県でも今月までにその被害額約2億数千万円に達してしるが、ご家族に高齢者が居られる方はくれぐれもご用心を。


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2013/08/26 14:11:39 プライベート♪
なし
自動車事故雑感
「難しい法律を出されても解らない」
自動車と自動車の事故においては双方の運転者に過失の有無と賠償責任が問われる。
過失責任は両自動車の走行状態によってその軽重が計られる。またその準拠とするものは東京地裁が纏めた「交通事故民事裁判」の判例が利用されている。 
この判例は、主として「民法および道交法」に基づき各種の事故事例に関する責任の割合を判定している。したがつて保険会社等の事故調査担当者はこの「判例」によりその過失責任割合を当事者に説明し、この割合によって賠償金額を算定している。
道交法には例えば「交差点の通過要領」等その他について細かく定めている。そしてこれらの箇所等での事故は容易に過失割合を判定できない場合が多い。
そこで責任の公正性を図るため前記裁判判例を準拠としている。
しかしその記述内容は普段聞き慣れない法的用語によって説明され難解性がある。このため当事者の中には頭書のような発言をするものが出てくる。
ちなみに我々が日常目にする信号機の「赤・青・黄」の意味は何に定められているだろうか。言うまでもなく「道交法」である。
法律は難しいから信号の意味は解らない、と言う者はいないだろう。ところが、事故の形態が複雑なるとその説明は詳細かつ法的用語が多くなり、難解性が高くなるため「法律拒否発言」になるものと思う。
誰しも責任を負うことは避けたい、なるべく少なくありたいとの気持ちは当然ではあるが、法治国家にある在る者として法律は難解で解らないからと言って責任の過小化や回避は許されない。法は何人にも等しく公平の理念であろう。
しかし、国の機関たる裁判所の判断をもってしても納得せず訴訟となる事例が多々ある。
人と人との諍いは理屈通りにはなかなか収まらない。それが「世の中」かもしれない。



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2013/06/25 14:16:23 プライベート♪
なし
統一球のこと
先日、プロ野球の統一球の変更が公表されぬまま使用され問題となった。
プロ野球のコミッショナーは記者会見で統一球の変更は昨日知ったとのこと。
組織の最高責任者であるコミッショナーが直前まで未知であったとは驚き。
コミッショナーには何人ものスタッフ(補佐役)が支えているはずでなぜ報告されなかったのか。組織の中で仕事をしている者にとつてそれは理解でないことである。
コミッショナーは記者会見で謝罪したがその際「これは不祥事ではなく単なるミス」との趣旨の発言をしているがただの言い訳としか受け取れない。
組織には通常、管理者(責任者)とこれを補佐する者が設けられ、管理者は代表者としての責任を、補佐者は担任事項について管理者に責任を負う。
この体制が機能していなければ組織とは名ばりの烏合の衆に過ぎない。

近年、組織のあり方に疑問が投げかける事件事案を多々見聞されるが、その詳細をみるとそれぞれの立場役割を的確に理解していないこと。換言すると職務に対する責任のあり方が曖昧になっているように思える。
俗に言う組織に胡座をかいて責任意識が低下し、事が起これば責任回避に走る。そしてそれが犯罪であることも意識しない組織(者)が出来上がるのではないだろうか。 
近頃の風潮として自由思想が強調され過ぎ社会人としての責任が疎かになつているように思えてならない。凶悪犯罪はその最たるものだろう。
                              「終」 
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Profile
八十路
性別男性
年齢86歳
誕生10月16日
星座てんびん座
血液B型
身長165cm
体型普通
職業無職
地域福島県郡山市
趣味書道(所属書道会・公認教授)
自己紹介
1941年太平洋戦争少年軍人として 体験元陸上自衛官
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