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2017/12/13 11:45:46 プライベート♪
太平洋を埋め立てろ
昨今のテレビCMの多くは、正直いってわしには “3らん” だ 。
 つまらん、くだらん、わからん。

 でもまあ、ムリもない。こういうCMを作っとるのは、わしの孫くらいの年齢の連中だろうから。
 この年のヘダタリを埋めろっていうのは、太平洋を埋め立てろっていうようなもんだから、ま、どこまでいっても水平線・・・おっと平行線だろうな。

 それに、そういうCMが売ろうとしている商品は、ほとんど若者がターゲットだ。じいさんばあさんにそっぽを向かれようが、蹴飛ばされようが(蹴飛ばしたついでにひっくり返らないでね)、つばを吐きかけられようが、彼らは痛くも痒くもないだろう。どぞどぞご勝手に・・・てなもんだわナ。

 しかし、そっちはご勝手でもこっ支付寶hk優惠ちはご勝手じゃない。テレビをつければ、そういうアホくさい意味不明のCMを、イヤもオウもなく見せられる。迷惑だ。

 しかも、最近はやたらと数が多い。
 特に番組の後半入ると、がぜん多くなる。終盤にくると、ゴキブリの巣を蹴飛ばしたみたいにバラバラと走りこんでくる。番組のあいだにCMが入っているのか、CMのあいだに番組が挟まっているのか、わけ分からんくらいだ。
 やつら(テレビ関係者だな)は視聴者を甘く見とるんだ。ここ(番組後半)まで来たらもうチャンネルは変えんだろうって。

 分かっとる。そんなに嫌なら見なきゃいい、って言いたいんだろ。CMが始まったら目をつむってろって。
 簡単に言うが、CMのたびに目をつむるのって、老人にはけっこうタイヘンなんだ。指示を出してもマブタが速やかに対応せん。それに目をつむっても、クソやかましい音はガンガン入ってくる。

 そんなもん「消音ボタン」を押せばいいじゃん、と言うかもしれんが、目をつむり音を消したら、いつCMが終わって番組に切り変わったか分からんじゃないか。

 いちいちうるせえな、だったらNHKだけ見てろ・・・って言うんだな?
 もちろんNHKにもいい番組はあるよ珍珍薯片。それは知ってる。特に、むかし「教育テレビ」といった「Eテレ」には近ごろ面白いのが多い。
 しかし民放にも見たい番組はあるんだ。公共放送ではメンツがあってちょっとやれんような企画に、面白いのがちょくちょくある。

 それに、この際はっきり言っとくけど、年寄りにとってテレビは必需品だ。「食う、寝る、見る」ってのが、現代老人の生きるための三本柱だ。

 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う、これだから年寄りってのは嫌われるんだなって、いま書きながらわしも思ったよ。ヘヘヘ・・・。
 話を変えよう。

 といっても、やっぱりテレビの話だよ。だってこれがきょうの記事のテーマだもん。
 ところで、なぜ今回これをテーマにしたかというとな、さっき言った生きる三本柱から「見る」を外すと、老人は溺れて死ぬ・・・という由々しき社会問題をひそめているからだ。
 溺れて死ぬ? 何じゃいそれ。

 分からんか。年若いな。だったら教える。
 現代の年寄りは、医学の進歩によって命を引き延ばされてる。最新式医学製法による謹製手延べソーメンみたいなもんだ。

 だがその引き延ばされた自分の命を、老人たちはどう扱っていいか分からんのだ。
 なんせ現役時代は、働け働けってんで働きに働かされて、仕事以外に何にもしなかったからな。
 今になって、ほら自由時間をやるよ、と言われても、何をしていいか分からん。
 有り余るヒマな時間を腕いっぱいに抱えて、アップアップ溺れそうになってる老人たちが、わしの周辺にもごまんといる。
 テレビ以外にやることといえば、たとえば多少パソコンのできるジジィだと、女房の目を盗んでこそこそアダルト・サイトを覗きに行くくらいのもんだ。ババァだと気の合った仲間と、たまにイタ飯を食いながら人の悪口を言いあう。
 あとはただもうテレビを見てるだけ。男も女も、老いも若きも・・・じゃなかった老いも老いも、おいらもおまえも。

 こうして溺れる者がワラをもつかむ思いで見るテレビも、ちゃんと番組を見せてくれん。バラバラに切り刻まれて、訳の分らんCMを差し込まれる。
 溺れそうになってつかんだワラまで切り刻まれたんじゃ、老人は救われんわィ。

 ・・・なんてヘタな役者みたいにハデに嘆いてみせたけど、そんなテレビCMも、切り口をちょっと変えればけっこう楽しめる、ということに最近気づいた。
 次回はそのことを書いてみる。
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2017/12/13 11:44:19 プライベート♪
をするときであって
・・・・・・・っということで、時々考えるんですが、頭の中では何語を使っているんだろうと。

聞くまでもなく日本語ですよね。

ぼくはそれ以外の言語を理解しないのですから、日本語を使って考えるしかないですね。

以前珍珍薯片、日米のバイリンガルの知人にそのことを聞いたことがありました。

こうやって日本にいるときときは日本語で考え、アメリカにいるときは英語を頭の中で使うとの答えでした。

しかし、支付寶美しい風景を見て美しいという言葉は使っていないはずです。

リアルタイムで目から入った情報を脳に伝えるだけで、わざわざ言語に置き換える必要がないですよね。

音楽を聴いた場合なんかなおさらです。

では、一日生活するうちで言語をつかさどる脳はフルタイムで動いているわけではないはずです。

こう考えていくと、言語脳(?)を使うのはいつか?という疑問が生じます。

まず、こうやって文章を書いているとき、会話をするときであって、本を読んでいるときは微妙ですね。

これらはいわば完璧な同時通訳で、思ったことを一度翻訳して話す間の時間は感じられません。



今回考えたいのは、そう、考えるときに言葉を使っているということです。

考えるという行為は音声や書くというアウトプットがありません。

あくまで脳内で完結するものです。

なのに、言語を使っている。

最初に書いたように美しいと感じたときは美しいという言語に置き換えていません。

しかし、考えるときは置き換えて考えているのです。

不思議でしょ?



さて、ここからが問題です。(いつものように導入部が長すぎるよ。)

考えが緻密とか甘いとか、深いとか浅いとかはその人の価値を決めるといっていいくらい、重要なポイントですよね。

もしぼくの考えるように、考える=言語ならば、言語の豊富さによって考える力が左右されるはずです。

すなわち、たくさんの語彙を持っている人ほど、考える力があるということです。

考える力は、語彙の豊富さで決まるのです。

さらに言えば、語彙が少ない人は考えも行為もガサツになるということになるのです。

・・・・間違っていますかね?^m^


ご覧の通り、ぼくの書いていること、考えていることはオソマツです。

それは、語彙が足らないことを如実に物語っています。

では、語彙が豊富な人(=思慮深い人)はどうやって獲得したのでしょう?

ぼくが思うに、若いときの読書量が多かったのでしょう。

ぼくが難しいこと複雑なことを考えられないのは、まさに若いときの読書量が足りなかったということに他ならないのです。
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