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2018/03/13 15:05:36 プライベート♪
自由気ままにメ
少し前に記事に書いた、おしりが痛くなる方の映画館で上映していたので、用事が早めに終わった隙に、いそいそと吸い込まれてみた。相変わらず隙間風が吹き込むフラットな劇場の中に、観客は私一人。日の昼間とはいえ勿体無い…いやいや、寧ろ、ちょっと怖い。暗所閉所は少し苦手な方なので、最後方の椅子に座っても落ち着かず、壁際に置いてあったパイプ椅子に座って映画鑑賞。私以外に誰もいないので、周囲に気兼ねなく、自由気ままにメモを取りながら観られたのが、結構楽しかった。
モーリス・ベジャール・バレエ団が、スイス・ローザンヌの本拠地で、ベートーヴェン第九の舞台を創り上げていく過程を、出演者や演出家、評論家などのインタビューを交えながら記録したドキュメンタリー映画。当然のことかも知れないけれど、とにかくバレエダンサーの身体表現が圧巻。作品中の言葉を借りるならば、体の動きによる音楽の分析。まさに楽曲を視覚化し演出している。彼らの舞踏を観ていると、無駄な動き、意味のない時間など一秒たりともない。音楽の背景にある世界観を踏まえながら、アーティキュレーションやダイナミクスのディテールをより豊かに表現するために、つま先の角度や跳躍の滞空時間にいたるまで、身体を使い切っているのだと思う。

歓喜の歌の一幕では、死と再生のモチーフとされる「円」を配置した振付の場面があり、エキストラを多数交えながら、舞台の隅々にまで光の波紋のような円を描き出していた。壮大且つ神々しく、特に印象的だった。半分くらい見たあたりから、本物のバレエ公演が観たくてたまらない気持ちになってくる映画。


つい、いつもの習慣で、町田さんの第九を思い出してみたり、フィギュアスケートでこういうショーが観たいんだけどなぁ…とか、妄想の羽がパタパタしてしまった。


金獅子受賞のとき目にした情報には期待感があったので、観たい映画のリストには入れていた。が、実際に行ったあとは、映画館のスクリーンで観なくても良かったかも、という微妙な後味が残った。オスカー受賞前は★3つだったけど、今は1つ減って★2つ。私自身はアカデミー賞に然程関心はないけれど、やはり映画界では最も権威のある賞なのだろうし、そう思って眺めるとちょっと首を傾げてしまうというか。受賞作ゆえに辛口かも知れないけれど、感じたままに感想を。


なぜこの映画がR15指定なのかは、上映開始数分後に分かる。デル・トロ作品ということで、私の苦手分野である残虐シーンなどが入ることは多少覚悟していたけれど、ラブロマンスをうたうキャッチコピーを目にしていたので、もう少し可愛いファンタジー仕立てなのかと、勝手に想像してしまった。

実際、アメリを思い出させるような色調やインテリアはとてもきれい。水中に差し込む光の陰影なども、細部にわたって凝っているのが伝わってくる。が、ストーリーには、これといった目新しさや奥行きは感じられない。種別を超えてひかれあう半魚人と主人公、彼らを慈しみ見守る友人たちと、半魚人を解剖しようと目論む「悪」の存在、という明らかな対立関係。悪の主役にはトラウマ的な心理欠陥があり、腐った小指をいつまでもつけていたり、セールスにのせられて高級車を衝動買いしたりと、所々に人間味や憐憫を感じさせる場面が入る。残虐性はあるけれども絶対悪とは割り切れず、私は最後まで彼に対する視点の置き所が定まらなかった。主人公が半魚人に惹かれる心理は、主演女優の素晴らしい台詞のシーンで理解できたけれど、逆はどうなのだろう。彼の知性や感情の進化があっけなく早すぎて、若干違和感が否めず。二人の愛に寄り添うというよりは、蚊帳の外から淡々と観察しているような視線を感じてしまったのだけど、私の視線が斜めすぎるのかな。
主人公の傷をみたときに、ラストのビジュアルは大方想像できてしまったのが残念。小説でも最初の数ページであらすじが見えるものがあるけれど、その寂しさに似ている。物語というよりは映像ありきの作品で、そこが好きな方も多いと思うし、美しいロマンティックな良作と感じられる方がたくさんいるだろう。最初から感動を期待するような先入観で眺めずに、そういう視点でありのままを観れば良かったんだろうな。
春休みだから家族と一緒にアカデミー受賞作品でも観に行こうかという方には、ちょっと色々と気まずいかも知れず。猫好きな方にもショッキング映像ありなのでご注意あれ。



1980〜2000年辺りの作品賞はほとんど好きなんだけど…昨年のムーンライトも今年のシェイプ・オブ・ウォーターもよくわからなかった。世代感なんだろうなと思うけど、それだけでもないような気がして、少し寂しい。
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2018/03/13 13:13:26 プライベート♪
奇妙な動物を飼
ヨーロッパには特殊な動物としての「キメラ」伝説がある。
キマイラとも呼ばれるこの動物は、ライオンの頭と山羊の胴体、
そして毒蛇の尻尾を持つ。
ギュスターヴ・モローが描いた「キメラ」像は、
背に翼を持ったケンタウロスであり、その容貌たるや、まさに美青年。
ほとんど裸体を思わせる若い女性が翔び上がるキメラに身体を預けている。
古代ギリシャにその源泉を持つケンタウロスは、
半獣神や牧神とも呼ばれ、上半身が人間で下半身が獣として描かれている。
こういった、いくつかの動物が混ぜ合わさった存在は良くある話。
そんな土壌から生まれたものなのかカフカの『愛玩動物』と題する短編小説がある。
この小説は「私は奇妙な動物を飼っている」というところから始まる。
その奇妙な動物は、半分が仔猫で半分が仔羊。父から相続した遺産のひとつと語る。
飼うつもりがなく飼い始めたが不思議なことに、自分の仕事に行き詰まった時、
ふと見ると、この動物の髭の先から涙がこぼれ落ちていた。
「コイツは人間の心を持っている」そう思うと、この動物が愛おしく思えてくる。

猫といえば「猫の目のように気まぐれ」などの表現がある。
羊といえば「太っている。おとなしい」と形容されるのが一般的。
今の国際情勢は刻々と変化し、ここしばらくは猫と羊の様相があるようだ。
「老いぼれ」とののしったり、「チビのロケットマン」などと揶揄したり。
方やミサイルを飛ばしたり核開発したり。
そんな脅しはダメだとばかり空母を差し向けたり一触即発の感じもあった。
それが急転直下、会談する運びになったようだ。
まさに、猫の目のように気まぐれ。

このカフカの小説、最後のところで、
「この動物は、相手がうまく取り計らってくれることを暗に哀願したりする」
と結ばれている。
これから行われる会談はそんな「哀願」が見えるようでもある。
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2018/02/13 15:32:37 プライベート♪
自由律俳句の俳人
わが日本国には俳句という文化がある。

 "古い池に蛙が飛び込んで水の音がした"

 というあれである。
 俳句というのは五音七音五音の音数に合わせて言葉を並べなくてはならない。
 更に季語という厄介なやつを使わないとルール違反になって市中引き回しの上打ち首獄門である。

 さて、ここまでは常識であるけれど、季語がいらない俳句があるのをご存知だろうか。
 無季俳句というジャンルだ。
 ぼくの好きな渡辺白泉さん痔瘡の無季俳句を一つご紹介したい。

 "戦争が廊下の奥に立つてゐた"

 季語は無いけれど、五七五のルールは守られている。
 無季俳句の他のルールはよくわからないが、ぼくはこの句が凄く好きだ。
 はじめて読んだ時は心底ぞっとした。
 光景なんかこれっぽっちも目に浮かばなかった。戦争はモノじゃないからだ。
 ただこの作者の異様な感性に思いっきりぶっ飛ばされた。
 たとえば普通の人なら「廊下には血に泳ぎたる人の群れ」とかなんとか、そんな風に書いて戦争を表現するんじゃないだろうか。(今適当に考えたので残念な例ですみません)
 でもこの渡辺さんは戦争がまるで一個のモノであるかのように廊下の奥に立たせた。
 立っているということは、それは人なのかもしれない。
 どんな人だろうか、兵隊か、それとも腸を抱えた看護婦か、あるいは何かの列が出来ていたのか、それは書いてないからわからない。
 わからないから、想像してしまう。
 読んでいる人が一番イメージしやすい戦争の形をそこに見るはずだ。
 ぼくは最初にぶっ飛ばされてから二度三度と読んで、古い木造の学校の廊下を想像した。けが人がたくさん運び込まれていて廊下の壁によりかかってうめいているところで、そこに腕のかけた女の人が一人たっていて、目があってしまったところだ。

 無季俳句は季語は無かったけれど、五七五は守られていた。
 けれどこの世界には、より無茶苦茶なことをやる連中がいて、それが自由律俳句というものを作った活動統籌課程
 ぼくがとても好きな種田山頭火という人を紹介したい。
 この人は国語の教科書にも出てくる有名な人なので、知っている人もいるかもしれない。

 "まっすぐな道でさみしい"

 季語なんてもちろんない。
 その上、五七五でもない。
 ただぽつりと呟いたような一文だ。
 それでもやっぱりこれが最強の文章表現なんじゃないかと思う。
 ヘミングウェイが作った氷山の理論をさらに凝縮したようなたった一言の詩。
 ああ種田さん。
 まっすぐな道って、さみしいね。
 って話したくなる。
 種田山頭火の作品はとにかくストレートで暖かくて格好つけてない。
 もう一句紹介させてください。

 "何が何やらみんな咲いてゐる"

 こんなに共感できる作品が他にありますか!?
 いっぱい花が咲いてるところに突然来てしまったとき、
「うわーなんかすげー咲いてるなあ」って言うでしょう!
 それを作品にしようとしたとき欲が出るんですよ!
 きれいに見せたいとか、上手く見えるようにしたいとか、色がたくさんあるから表現したいとか、それ全部欲! 無駄! 蛇足! 
 何だか分からない花の名前をいちいちググって知ったかぶるなんて愚の骨頂!(ぼくはよくやります)
 "何が何やらみんな咲いてゐる"でいいじゃんね、種田さん。
 それで良かったんだ。
 なんかわかんないけど超スゲー! って言う、その本音こそが、その嬉しさこそが、そのストレートさこそを書かなくてはいけないんだよね種田さん!!!!
 種田さん好きだッ!!(興奮してきた)
 
 あとの種田さんの作品は青空文庫と豐胸價錢いうところでほとんど全部読めると思います。
 種田さんは昔の作家さんなので著作権が切れた作品を有志がデジタル化しているのです。
 もちろん本も売っています。
 句集は「草木塔」というヤツが有名ですので、読んでみてください。
 合わせて種田さんの友人であり、こちらも最近随分名前が知られてきた尾崎放哉さんという俳人の句集を読むこともおすすめします。
 なんというか、種田さんが尾崎さんの句をパロって書いた句とかがあって笑えます。
 仲いいなあという感じで、微笑ましいです。
 でも尾崎さんは種田さんより優しくないので、ちょっと孤独な句が多いです。

 最後に、我々の世代でもっとも有名になってしまったであろう自由律俳句の俳人であるピースの又吉直樹さんの一句で終わりにしましょう。

 "カキフライが無いなら来なかった"

 ぼくはすこし笑ってしまいます。
 なんとなくだけれど、従兄弟の家の夕食に呼ばれたんじゃないかなあと想像してます。
 いとこと遊んでいて、夕食食べて行きなさいといとこのお母さんに言われて帰ろうとしたんだけれど「今日カキフライだよ」って言われて、別に好きでもないけど、じゃあ……って招かれたら、いとこの勘違いでカキフライじゃなくてかぼちゃコロッケでね、なんかちょっと違うし、しかもいとこも自分が間違ったこと言っちゃったもんだから誤魔化そうとしてちょっと機嫌悪くなってるし、いとこの親には気を遣うし……っていうのを想像してます。

 さて、とても浅い俳句話ではございましたが、おつきあい頂きまして、まことにありがとうございました!
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