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2017/08/09 18:35:09 プライベート♪
清流のドロムシ清流のドロムシ
私が信州の辺境にある大学に通っていた頃、今となっては定かではないが一時ものすごい勢いでトビケラに嵌りかけた時期通渠公司があった。幼虫期の、種ごとにめざましく異なる巣の形や、その機能的な美しさに感化されたのかもしれない。中でも、微小ながら目の細かい砂粒を集めてカタツムリそっくりな巣を作るカタツムリトビケラという種がどうしても見たくて、かなり熱心に近所の裏山を探し回っていたのだ。今でこそカタツムリトビケラは、ちょっと探せばいる場所では馬に食わすほど見つかる超弩級の普通種に落ちぶれてしまったが、当時はまだ全国的にも発見されている場所が数箇所くらいしかない、割と珍しい種という位置づけだったと思う。といっても別にこの虫が大発生したわけでなく、単に効率の良い探し方が確立されただけのことだが……。

有象無象のトビケラたちがいっぱい通渠潜む、典型的な日本の清流。探せばヒメドロムシくらいは見つかるだろう。


 カタツムリトビケラは、池や川の水底に生息する他の有象無象のトビケラとは、生息環境が根本的に異なる。すなわち、川の源流部分にあたるような、山間部の山道の際から水が染み出て滴り落ちているような環境に限って見られるのだ。ほとんど陸生と呼んでもいい (ただし、南西諸島の個体群は完全に水生)。そうした環境は、私が足繁くうろつき回っていた裏山の随所にあったのだが、当時まだカタツムリトビケラ経験値のゼロだった私の目には、どこをどう探せどもそれらしきブツを発見できなかったのである。聞く所によれば、カタツムリトビケラはとにかく小さいらしく、慣れないと野外で目視にて探し出すのは困難だという。そこである日、私は一番それがいる可能性の高いと踏んでいたある沢の源流域に行った。そして水際の土砂を適当に摑み取って、白い容器にぶちまけた。こうして、砂粒の中に紛れた小動物を見つけようとしたのである。

 しかし、いくらやっても、出てくるのは関係のない水生生物ばかり。平べったい半透明の体を横たえ、へろへろと泳ぐ甲殻類のヨコエビ。細身の体で落ち着きなく歩き回る、水生昆虫のカワゲラなどなど……。カタツムリトビケラらしいものは、一向に採れる気配がなかった。カタツムリトビケラは用心深く、野外でこういうやり方で探すと動きを止めて砂粒と同化してしまうのではないか。そう思い、私は摑み取った土砂のいくらかを持ち帰り、小さな容器にいれて水を張り、半日ほど放置することにした。落ち着かせれば、あちこちをチョコチョコ動き回って見つけやすくなるだろう。だが、私の目論見とは裏腹に、半日経って見ても、容器の底にそれらしきものの姿はなかった。あそこはそもそもいない場所だったようだ。急速にやる気が失せて、その砂を庭に放りに行こうと、私は容器を手に取った。と、その時私の目にふと場違いな物体が目に入ったのだ。
 水を張った容器の砂に紛れるように、見たことのない赤い甲虫が動いていた。体長2mmちょっと、気をつけないと見逃すくらいの大きさ。動きは鈍く、よくよく見ないと動いているのか止まっているのかも定かではない。私は、その時それが何の虫なのか皆目見当がつかなかった。最初私はそれを、たまたま野外で砂を取った時に、周りの草から落ちて紛れたハムシか何かだと思った。それは、その甲虫が見るからに水生のものに見えない風体だったことによる。
 一般に甲虫で水生の種、例えばゲンゴロウやガムシ、ミズスマシであれば、脚が水をかくように変形していたり、毛が密に生えていたりと、泳ぐための何らかの形態的適応をしているのがapartments hk普通だ。「俺は泳ぐぞ!」というオーラを、大なり小なり体の随所から放っているものなのである。しかし、私が見たそれはどう見ても泳ぐための姿をしておらず、実際全く泳がなかったのだ。ただ水底を当て所なく這い回るだけだった。溺れているならば助けねば、とも思った刹那、待てよと思いとどまった。容器に張った水は浅く、また底に敷いた砂は緩い傾斜にしておいた。傾斜の最上部は水面からギリギリ出した状態にしていたため、逃れようと思えばこいつはいつでも水中から出られたはずだ。だが、こいつは今までずっと水中にいて、さっきから見ていても上陸する気配がまるでない。どう見ても水生昆虫に見えないそれは、しかし明らかに自分の意思で水中から出ないのだ。
 何なんだこいつは?
 そんな不思議な甲虫を見つけた日から大分経った頃になって、私はヒメドロムシという甲虫分類群の存在を知ったのである。

アシナガミゾドロムシ。河川中流域に住み、水中に伸びたヨシの根っこに付いている。


 ヒメドロムシ科の甲虫は、日本に60種弱が知られる仲間で、れっきとした水生の甲虫である。しかし、その暮らしぶりは同じ水生の甲虫たるゲンゴロウなどとは、まるで違う。まず、彼らは水生昆虫なのに泳げない。泳がず、彼らは水底の石や流木にしがみつき、それらの表面にこびり付く藻類を餌にしているのだ。ゲンゴロウにせよミズスマシにせよ、水生の甲虫には肉食性のものが目立つ。成虫は水草などを食うガムシも、幼虫期は肉食する。そんな中、一生を通して生肉とは縁のないヒメドロムシは、少し異端な存在に思える。
 彼らが住む水中というのは、ほぼ例外なく川や沢など多少とも水流のある場所に限られ、池や沼など淀んだ溜まり水には生息しない。常時流れに身を置いているため、彼らは流されないように脚の先端の爪が発達している。種によっては、体格の割に信じがたい大きさの爪を持つものがいて、まるで敵の城に忍び込む忍者が、外壁をよじ登るのに使う鉄カギを連想させる。
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