| | | | | | | | | 2009/08/06 16:52:03 プライベート♪ | | | なし | | | 「フジヤマのトビウオ」古橋氏 ローマで急死 | |
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戦後の混乱期に競泳選手として活躍し「フジヤマのトビウオ」と呼ばれた日本水泳連盟名誉会長の古橋広之進(ふるはし・ひろのしん)氏が2日朝(日本時間同日夕)、ローマ市内のホテルで急死した。80歳だった。静岡県出身。戦後の47年から49年にかけて自由形で世界新を連発。当時日本は国際水泳連盟から除名されていたために正式な記録としては認められなかったが、戦災でうちひしがれた国民に勇気と感動を与えた国民的英雄だった。 古橋氏は7月13日からローマ市内のホテルに宿泊し、国際水泳連盟副会長として会議に出席。世界水泳選手権の表彰式ではプレゼンターも務めていた。屋外プールにもかかわらず連日プールサイドで精力的に活動していたが、1日夜には「ちょっと熱っぽい」と話し、しばらくホテルの部屋で休養。午後9時から11時ごろまで関係者とイタリア料理店でパスタを食べた。その際「胸がゼーゼーする」と話したが、食欲はあったという。2日朝は関係者とホテルで待ち合わせしていたがなかなか姿を見せず、不審に思った日本水連の幹部が8時ごろに部屋をノックしたが反応はなかった。10時半ごろに再び部屋を訪れると、すでにベッドの上で亡くなっていたという。イタリアの警察当局は、死亡推定時刻は2日午前8時(日本時間同日午後3時)ごろで「死因は不明だが自然死」と判断したという。 古橋氏は9人兄弟の長男として静岡・雄踏町(現浜松市)に生まれた。雄踏小4年の時に競泳を始め、戦時中だった旧制浜松二中(現浜松西高)3年時には勤労動員の際に旋盤に左手を挟まれ、中指の先を切断した。それでも45年の終戦後は日大で活躍。「魚になるまで泳ごう」と連日3万メートルもの泳ぎ込みを続け、47年の日本選手権では400メートル自由形で4分38秒4をマークして当時の世界記録を上回った。しかし、戦争に敗れた日本は国際水連を除名されており、記録は世界新としては公認されなかった。48年のロンドン五輪にも日本は参加できなかったが、同日に開催された日本選手権の400メートル、1500メートルで五輪の優勝タイムを上回る“世界新”を出し、世界中を驚かせた。
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| | | | | | | | ALEX XU | | | | | | | 身長 | 170cm | | | | 自己紹介 | |
| 私は26歳で、世界中どこの国からの人でも、ペンパルになりたいと思っているの。新しい人と会ったり、知らない国について学ぶことが大好きなの。さぁ、もっと私のことを知りたいならお手紙ちょうだい!すぐにお便りもらえるとうれしいな | |
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